ロービジョン児童・生徒の拡大視読教材作成方法の研究
                      筑波大学附属盲学校 弱視教育研究会
                          責任者:雷坂 浩之
                               明比庄一郎
                               池田 典子
                               宇野 和博
                               左振 恵子
1.本研究の動機
 視覚に障害を持つ児童・生徒には、使用する文字で大別すると二つのタイプがある。「点字」を使って読み書きを行う者、そしてもう一方は「普通文字(視覚障害者の世界では墨字という)」を使う者である。前者は、一般的に「全盲」ないしは「準盲」といい、後者は「低視力弱視(近年ではロービジョン:以下LVとする)」という。
 こうした視覚障害児童・生徒の大半は盲学校で学んできたが、最近では統合教育という理念のもとに普通学校に在籍するケースも増えてきた。とりわけ、「全盲」または「準盲」の児童・生徒にとっては、全教科の教科書や辞書等の点字出版物が豊富に出版されるようになり学習環境も徐々に整備されてきた。
 反面、LVを取り巻く状況は、視読教材として盲学校の小学部及び中学部の一部の教科(国語・算数・数学)に拡大教科書があるだけである。福祉施策の一部として、「拡大読書器」の給付制度もあるが、LV全員が受けられるようなサービスにはなっておらず、入手に際して高額の出費を強いられる者も多いのが実状である。
 「全盲」とのこうした格差を埋めるためにも、パソコン等の情報処理機器の活用による、LV児童・生徒の拡大教科書を初めとした視読教材の作成及び提供方法の分析が急務であると考えた。
 
2.本研究の目的
 現在、盲学校の小・中学部や普通学校に在籍する児童・生徒が使用している拡大教科書は、民間の「拡大写本ボランティア」が手書きで作成したものも多く、読みやすいフォント・文字の大きさ等、個々のLVにとって適切な配慮がなされていないのが実状である。 よって、本研究においては、パソコンや汎用のアプリケーションソフト等の情報処理機器を活用し、拡大教科書を初めとしたLV用の視読教材に、LVに対する最大限の配慮を反映させた形での作成方法を検証することを第一の目的とした。
 また、従来までは、視読教材=印刷物という既成の観念にとらわれすぎていたが、教材データをデジタル化することで、ペーパーレスの教材の有用性が生まれると考えた。
 
3.これまでの実践・研究の概要と活動状況 LVの視読教材の提供を考える際、最も重視しなければならないのは、

個々のLVが持つ眼疾の特性・視力数値及び見え方の把握と、それぞれに対する種々の配慮事項を分析し、教材作成の基礎データを集計することである。
 1995年より、筑波大学附属盲学校(以下本校とする)のLVの在校生に対して、以下の項目に関する調査を毎年実施しており、1997年度の調査結果に関しては、「ロービジョンに対する読み材料提供上の配慮」(執筆:雷坂浩之)という題名で本校の研究紀要第31巻に掲載した。
 
 調査項目 
       @視力(遠方・近方・最小可読指標) 
       Aフォント
       B文字サイズ(ポイント数値)
       Cコントラスト
       D文字間隔・行間隔
       E読み能率(サンプルの読み速度)
 
 1998年度には、拡大視読教材の作成に向けて教員有志での研究グループ(「拡大教科書研究会」)を発足し、上記調査により集約した基礎データをもとに、盲学校高等部で使用する「国語:現代文」の拡大教科書を試行的に作成し生徒に提供した。その経緯については、「筑波大学附属盲学校高等部における拡大教科書への取り組みの現状と課題」という題目で、第40回弱視教育研究全国大会(1999年1月大阪)に発表した。
 1999年度には、拡大教科書の試行的作成対象を「古文・漢文」に変え、生徒の使用感を集計し、その有効性を検証した。この経緯については、「盲学校高等部における拡大教科書(古文・漢文)の試行的研究」という題目で、第41回弱視教育研究全国大会(2000年1月仙台)にて発表した。
 
4.本研究に関する中間報告(2000年8月25日〜26日)の内容】
(1)視読教材作成上の個々のLVに対する配慮事項について
 1995年4月〜2000年3月までの間に行ってきた、遠方視力0.02〜0.2までの被験者(本校中学部以上のLV生徒)230名弱に対する適切文字フォント・ポイント(以下、Pとする)等の調査結果を再考したところ、個々のLVの視覚特性により、提供すべき視読教材の作成パターンがある程度判明している。以下はその概略である。
@印刷物としての視読教材(漢字仮名交じり文)を作成する場合、大半のLVに取って読みやすい文字は、ゴシック体様の太めのフォントである。
A印刷物としての視読教材(漢字仮名交じり文)を作成する場合、本文12P〜32P、ルビ8P〜20Pの範囲で文字サイズを加工することが望ましい。
B視神経萎縮等で視野の内部に暗点があるLVに対しては、文字サイズを最大Pにて提供するのが望ましく、網膜色素変成症等の求心性の視野障害のLVに対しては、有効視野に多数の文字が入るよう、文字間隔等を詰めた書式にすることが望ましい。
C白内障・角膜混濁等の眼球内の透光体部分に異常のあるLVに対しては、紙面を白黒反 転させた方がコントラストが明確になり視認しやすい。
D32Pを越える文字サイズを希望するLVに対しては、印刷物よりも「拡大読書器」を使用させる方が視能率にとって有効である。
 
(2)印刷物による視読教材作成の試行結果について
 (1)の結果をもとに、印刷物による視読教材を作成すると共に、今年度新たに入学したLV生徒23名に対し、その教材の視認しやすさを調査したところ、以下のことが判明している。
 試行に使用したワープロソフトは、「一太郎10」(ジャストシステム社)と「ワード2000」(マイクロソフト社)である。プリンターは、インクジェットのPM3300(エプソン製)を使用した。
@若干名は明朝体様のフォントを希望したものの、大半はゴシック体を希望しており、使用すべきフォントについては、OSや汎用ワープロソフトの持つフォントでも十分有効である。
A文字サイズ・文字間・行間については、汎用ワープロソフトの書式設定機能にて十分対応できる。
B紙面の白黒反転印刷については、ソフト上で文字色及び背景色を変更し、プリンターにて出力する方法と、通常の形式でプリンターにて出力したものをコピー機で反転させる という方法を試行したが、前者の方が黒色部分を濃く印刷して提供できる。
 
(3)印刷物による教材作成で残されている課題について
 提供すべき文字のフォントについては、近年の印刷物に使用され始めた「太教科書体(仮称)」や「太明朝体(仮称)」の方が、漢字の「はね」や「はらい」などの細部を明確に視認させることができるという利点があるため、現在新たなフォントの導入を検討中である。
 また、白黒反転印刷は、インク及びトナーを多量に消費するため、ランニングコストにやや問題が生じている。今後はレーザープリンターをも導入し、インクジェットとレーザー双方にて出力したものの視認性を比較検証したいと考えている。
 縦書きや横書き、同一紙面での双方の混在レイアウト、図表や写真の拡大表示の作成については、汎用DTPソフトを導入し、操作性等の比較検証を予定している。
 なお、2001年度中には、LV児童・生徒を抱えている公立の盲学校や普通学校(弱視学級を含む)の教員、拡大写本ボランティア向けに、適切視読教材の作成方法のマニュアルやサンプルを本校のホームページ上からダウンロードできるよう、校内の関係委員会と調整する予定である。 
 
(4)ペーパーレスによる視読教材作成の試行について
 2000年5月以降からは、印刷物による視読教材の作成及び提供に関する研究のみならず、PDFファイルを利用したペーパーレスの視読教材の提供方法の検討も開始した。
 まず、試行的に「ウォーリーを探せ」と「ゲーム雑誌」の原図をスキャナーで取り込み、PDFファイルに変換した後、CD−Rに焼き付けたものを、情報処理授業履修のLV生徒に配布し、パソコンの画面上でアクロバット・リーダーを用いて視認させてみた。
 PDFファイルは、個々の生徒が所有するパソコンの機種を選ばないことと、原図のレイアウトを崩さないという利点があるため、個々のLV生徒の好みの拡大率で表示させ、見たい部分を順次移動しながら細部を詳細に視認させることができた。今まではルーペ等の光学補助具でしか見ることのできなかった図や写真を楽しむことができ、生徒たちには概ね好評であった。
 ワープロソフト等を活用できるレベルにある生徒であれば、3〜5時間程度でアクロバット・リーダーの操作技術をマスターできることも判明した。
 次に、インターネット上から著作権切れの小説(HTMLファイル)をダウンロードして、ブラウザソフト(ネットスケープ・コミュニケータ4.7)にて視認させてみた。この時にアクセスしたサイトは、「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)である。
 HTMLファイルの文字データは、ブラウザソフト上にて任意の拡大が可能であるため、LV生徒は自分の読みやすい文字サイズに拡大させることで、今まで敬遠してきた読書を楽しむことができた。
 以上のことから、パソコンを媒体としたペーパーレスによる視読教材は、図表や写真等をPDFファイルで、文字データはHTMLファイルで提供することが望ましいことが判明した。
 
(5)パソコンを媒体としたペーパーレス教材提供上の課題について
 アクロバット・リーダーでPDFファイルを利用する場合、CD−ROMからのファイルの読み込み、表示部分の範囲指定、拡大率の決定等、一連のソフトの操作が煩雑であることと、画面での表示スピードの遅さに問題が認められた。
 印刷物である教科書のような視読教材は、図表や写真が文字データと共に混在しているため、ペーパーレス化した場合、その扱いが煩雑であったり非能率的であったら意味がない。よって、文字と図表等のデータの拡大表示を別々のソフトで扱わずに済むシステムを検討する予定である。
 LVの生徒の間では、パソコンの画面上のアイコンの発見やマウス操作が困難な者が多い。よって、OS付属の「拡大鏡」等の画面拡大ソフトを使用したり、ダイレクトにコマンドを入力することで視認しづらい画面を工夫して操作している。ペーパーレス教材を活用させるためには、重度のLVの場合、全盲者用の「スクリーン・リーダー」(音声化ソフト)の併用で、操作性を向上させることも検討している。
 いずれにせよ、ペーパーレスの視読教材を活用するには、個々のLVにとって、パソコンに関するスキルアップを図ることが緊急の課題となっている。よって、情報処理機器に関する操作技術の習得のためのカリキュラムを早期に整備・改訂する必要がある。
 また、中学部段階以上の学齢のLVに対しては、パソコンが日常生活用具として給付されるようなサービスを早期に確立する必要性も感じている。
 
(6)その他(本研究の副産物として)
 本研究を進める中で、ノートパソコンをLV用の「拡大読書器」として活用できるのではないかという発想が生まれた。通常の「拡大読書器」は、印刷物をテレビ画面に拡大して表示する機能しかないが、ノートパソコンとカメラをビデオキャプチャーを媒体として接続することで、板書等の遠方視物を拡大して視認したり、データとして取り込むことが可能である。
 現状では、若干のコマ落ちがあり、視物をリアルタイムに表示することにやや難もあるが、実用化は十分可能と思われる。ノートパソコンが「拡大読書器」として代用できれば、従前までは大型のテレビやカメラをワゴン等にのせて移動していたものが、パソコンとカメラを持ち運べば済むこととなり、携帯に伴う利便性が高まると共に、パソコン自体をノート代わりにすることもできる。
 必要なハード等の機器構成については、市販のもので十分対応が可能であるため、2000年度末までには、実用化の目処を立てたいと考えている。
 
5.本研究の最終報告
 2000年8月からは、「2001年未来基金」より研究費の助成が受けられたため、教材作成用の機器やソフトの更新・充実を図ることができた。
 よって、拡大教科書の試行的作成対象を、長年の課題であった「英語」に変えるとともに、試行的に作成した教材を広く児童・生徒に提供することが可能となった。また、拡大教科書の本格的な作成に向けて、印刷会社の専門家の協力を仰いだり、文部科学省や各教科書会社に対し著作権の許可を求める働きかけを開始した。
 なお、同時期から、従前までの研究課題の完成を目指し、その成果を各種研究会で発表するとともに、紀要等に投稿した。以下は、その報告である。
 
(1)視読教材作成上の個々のLVに対する配慮について
 個々のLVの視覚特性に配慮した教材を作成するためには、その視覚特性を正確に把握する必要があるため、教材作成者向けの検査指標サンプル及び検査方法に関するマニュアルを準備することとした。
 なお、検査指標サンプル及びマニュアルを研究会のホームページから、PDFファイルにてダウンロードできるよう現在準備中である。2001年7月以降は、下記のURLからアクセスを可能にする予定でいる。
 
http://web11.freecom.ne.jp/~lvclub/
http://homepage2.nifty.com/raiban/


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