ロービジョンに対する「読み教材」提供上の配慮

筑波大学附属盲学校 養護・訓練部
雷坂 浩之


 はじめに
 ロービジョン(以下「LV」とする)の読みの効率を向上させるためには、個々のLVの見え方の特性を十分に理解した上で、適切な読み教材の生成に努め、見え難さの軽減を図ることが重要である。文字のサイズとその間隔やコントラスト等が、LVの読み効率に影響を及ぼすと主張する既存の研究は多々あるが、読み教材の提供上の「配慮」等を具体的に論じたものは数少ない。
 本論文では、実際のLVに対する調査をもとに、読み教材の生成上の配慮条件を明確にするとともに、LVに対する読み環境の今後のあり方に関する考察を行った。

1.調査の内容
  1)目的
 本調査は、LVの読み難さの因子として想定される、文字フォント・サイズ・コントラスト・文字間隔・行間隔について、複数のサンプルを提示し、その中からもっとも読み易い条件を選ばせることで、読み材料生成のために必要な配慮事項を客観的に評価すること。また、個々のLVが適切と判断した条件を読み材料にフィードバックさせた上で、読み速度を計測し、各条件が読書効率に及ぼす効果(妥当性)をも評価することを目的とした。 
  2)対象者
 筆者が所属する筑波大学附属盲学校の中学部LVクラスと、高等部普通科及び高等部専攻科理1年までのLV生徒全員を対象とした。
 対象者の人数・視力・眼疾等の分布の概要は、表1表2表3にまとめた。遠方視力は、眼科診断書(1年時は入学時提出)及び定期視力検査(毎年5月に実施)の数値を集約し、近方視力及び最小可読指標は、「新標準近距離視力表」を用いて、筆者自身で測定した。
  3)方法
 本調査は、1997年3月から6月にかけて、個別面接の形式で実施した。読み難さの各因子毎の補償条件に対する調査方法、以下のとおりである。
 (1)フォント
 「漢字仮名交じり」と「数字」は明朝体とゴシック体の2種で、「アルファベッド」は
Century Oldst・Arial・Arial Boldの3種において比較・選択させた。
 今回、明朝体とゴシック体の2種のフォントを中心に提示した理由は、通常の印刷物では圧倒的に明朝体の使用が多く、近年出版されたLV用拡大図書や機関誌類においてはゴシック体の使用が顕著なためである。
 (2)文字サイズ
 文字のサイズは、12ポイント(以下「P」とする)・16P・20P・24P・28P・32Pの6種の段階で比較・選択させた。この際に、12Pや16Pのサイズの文字で、補助具を使用した方が見易い者には、近見用レンズや拡大読書器を使わせた状態でも比較させてみた。
 1Pずつなどの細かい段階設定では、各文字サイズの違いを識別することが困難であることから、段階毎に4Pの格差を設けた。最低Pを12Pに設定したのは、「晴眼者がもっとも読み易い文字サイズである」との研究結果(三輪他、1997)に基づいた。32P以上のサイズでは、1行・1ページあたりの文字数が極端に減少するため、読み材料として不適切であると判断した。
 (3)コントラスト
 白内障など中間透光体に混濁を呈するLVや、白子など羞明の強いLVのために、サンプルを通常のもの(白地に黒)と白黒反転させたものの2種を用意し比較・検討させた。
 用紙自体やその周囲からの光の反射を嫌うLVに対し、黒色の塩ビシートの下敷きや黄色のクリアシートを用意し、希望に応じて使用させた。調査を各学年のホームルームで実施したため、通常の学習環境と同様、希望に応じてブラインドと卓上スタンドによる調光に留めた。
 (4)文字間隔・行間隔
 サンプルに使用した用紙のマージン領域を上下左右20mmずつ取った上で、文字間隔を1行文字数で、行間隔を1ページ行数で代替えし、各P毎に9種類(例ー12Pにおいては、28・30・32文字、18・20・22行等)、計54パターンの段階を提示し、比較・選択させた。
 文字数・行数の段階の創出は、サンプルを生成するのに使用したワープロソフトのスタイル設定にすべて依拠した。ここでは、漢字仮名混じりのサンプルのみを使用した。
 (5)読み速度の測定
 読み難さの各因子に対する補償条件の妥当性を評価するために、(1)から(4)のそれぞれの項目において、個々のLVが適切と判断した条件で加工した読み材料を提示し、1分間の読み速度を測定した。
 ただし、文字サイズ等を拡大した読み材料よりも、弱視レンズや弱視用拡大読書器等の視覚補助具を活用した方が読み速度が上回るLVに対しては、本人たちが希望するサンプルを選択させた上で、読み速度の計測を行った。ここでの、読み材料のサンプルも漢字仮名混じりのみを使用した。
 (6)サンプル概要
 フォント及び文字サイズの調査に用いたサンプルの内、漢字仮名混じりは40文字の単文で、漢字・ひらがな・カタカナ・濁点・拗音で構成されたものを使用した。数字は、1から9までをランダムに並べたものを使用した。アルファベッドは、中学1年英語教科書から引用し、大文字・小文字・エクスクラメーション・アポストロフィーを含めて構成された単文を使用した。
 文字間隔は・行間隔の調査と読み速度の測定に用いたサンプルは、平均文字数700文字、平均漢字含有率19%の小学6年国語教科書から引用したものを使用した。
 サンプルの用紙サイズはB5を用いた。文字サイズを拡大すると紙数が増えるため、ページめくりが読み速度に極力影響を及ぼさぬよう、生徒達が日常扱い慣れているサイズが好ましいと判断した。
 (7)サンプルの生成
 サンプルは、すべてワープロソフト上で加工・生成した。フォントは、パソコンのオペレーティングシステム(以下「OS」とする)であるWindows95の持つ「MS明朝」・「MSゴシック」・「Century」等を使用した。
 予備調査の段階では、サンプルの生成にインクジェットプリンタを用いたが、文字色が薄く、滲みやすいという欠点があったため、解像度が高く、曲線の「ギザギザ」を解消するスムージング機能を持ったレーザープリンタで読み材料の原紙の印刷を行った。
 サンプルの複写及び白黒反転の加工は、コピー機を使用した。加工・生成に用いたソフト及びハードは、以下のとおりである。
NEC PC-9821 Nb7(パソコン)
CANON LASERSHOT LBP-210(プリンタ)
ジャストシステム 一太郎Ver.8(ワープロソフト)
フジゼロックス VIVACE 555(コピー機:通常コピー)
フジゼロックス NEW ABLE 1220(コピー機:反転コピー)
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2.結果及び考察
 本調査の実施により、LVの読み難さの因子を補償する条件と、読み材料を生成し、提供する上での配慮事項を確認することができた。
  1)フォントについて
 フォントの選択希望者は、表4に示すとおりである。漢字仮名混じり及び数字は、ともにゴシック体を希望するものが多く、アルファベッドはArial とArial Boldを希望する者が大半であることがわかった。
 Century Oldstは明朝体、Arialは細ゴシック体、Arial Boldは太ゴシック体に近似するフォントである。よって、それぞれの文字のフォントの比較においては、圧倒的にゴシック体を希望するLVがため、読み材料はゴシック体を使用することが妥当であることがわかった。このことは、「視力低下がある場合ゴシック体がもっとも見やすい」との研究結果(小田他 1993)を裏付けるものでもある。
 ゴシック体が優位なのは、横・縦ともに太い線が文字の「濃さ」への相乗効果を生み出すために、明朝体として「ぼやけ」に強いなどの理由が考えられる。
 しかし、明朝体を器希望したLVからは、「漢字の横線の数・はらいやはねなどがゴシック体では分かり難い」、「ゴシック体では白黒反転した文字サイズの小さな漢字は、文字全体がにじんで不明確」などの意見があった。よって、形態が複雑な漢字仮名混じりの読み材料に限っては、ゴシック体のこうした欠点を補う手段を今後とも研究する必要がある。
 また、今回の調査では、選択肢の対象としての妥当性を予備調査せずに、パソコンのOS・ソフト・プリンタ、それぞれのメーカーによって微妙に異なる。「Dyna Font(各種のフォントや画数等を集めたツールソフト名)」などは、数多くのフォントの比較・分析も継続して行う必要がある。
  
   2)文字サイズについて
 表4で示すとおり、数字やアルファベッドの細ゴシックは、フォントの形態が単純であることから、小さな文字サイズまでも識別が可能であるらしく、16Pから24Pまで、分布にかなりのばらつきがあった。また、漢字やアルファベッドの太ゴシックは、24P以上の大きな文字サイズを好む傾向が伺えた。これは、ゴシック体の「細部が不明瞭」という欠点を、大きな文字サイズで補うためであろうと推測される。
 希望Pの分布を見ると、ゴシック体すべての文字種における希望Pが、24Pをピークにして、その前後に集中していることがわかった。このことから、LVに対しての読み材料を生成する際、漢字仮名混じり・数字・アルファベッドともに、文字サイズの基準が20Pから24Pの範囲にあると考えられる。
 表5に示した視力段階毎の希望Pの分布を見ると、漢字仮名混じりに関しだけては、近方視力0.08未満の者へは20P以上の範囲で、0.08以上の者へは24P以下の範囲で、読み材料の文字サイズを判定するのが妥当であると考えられる。

  3)コントラストについて
 今回の調査では、読み材料の反転効果を重点に、コントラストに対する配慮の必要性を調べたが、通常の読み材料である白地に黒文字のサンプルを選択した者は24名(54.5%)、反転(黒字に白文字)したサンプルを選択した者が20名(45.5%)であった。白子症や中間透光体に混濁を有する眼疾以外にも、網膜色素変成症をはじめとした網膜疾患や視神経疾患の者の大半が、反転を好む傾向にあった。
 反転を希望する20名の内、漢字仮名混じりだけとか、アルファベッドのみといった、文字の種類によって部分的に反転を希望する者が7名いた。また、日常的に拡大読書器を使用する者で、通常の読み材料を読書器で機械的に反転させることを選択した者が4名いた。
 昼間だけでなく、夕暮れや夜間にも調査を行ったため、教室内の照明は常時点灯させていたが、卓上スタンドを使用して、紙面上の光量を増やした者が3名、黒色の塩ビシート(紙サイズより大きな下敷き)を使用した者が2名であった。
 今回、読み材料の反転はすべてコピー機で行った。しかし、コピー機の余熱時間や複写の枚数、トナーの残量などにより、地となる黒色の濃度が一定しないという問題が生じた。よって、読み材料を提供する際は、プリンタで出力した原紙をそのまま利用することが適切だと考えた。また、コピー機による紙面全体の反転だけでなく、ワープロソフトには行単位での「反転装飾機能」(行間は白地で行の文字部分だけを反転させる)や「強調機能」(文字の太さを変える)もあることから、そうしたサンプルも試用してみる価値があると考えた。
 また、拡大読書器の使用者に対しては、「ライン機能」や「マスク機能」等、コントラスト効果を高めるための機能を持った機種を、積極的に活用させるべきであろうと考えた。

  4)文字間隔・行間隔
 文字間隔については、「間隔が大きくなると読み速度が低下する」との研究報告(Legge et al, 1989)と、行間隔については、「文字サイズが最適文字サイズ範囲よりも小さい場合には、読書効率は行間隔の影響を受け、行間隔が狭いほど読書効率が低下する」との研究報告(菊池他, 1993)がある。
 本調査では、適切文字サイズを判定した後に、1行文字数と1ページ行数の希望を調べた。結果としては、1行あたりの文字数が多い条件に希望が集まっていることがわかった。表6に示すとおり、文字サイズ20Pにおいては、1行18から20文字で、1ページ16から18行、24Pにおいては、1行16文字で、1ページ15行から17行の範囲に希望が集中している。
 適切な読み材料の文字間隔・行間隔を数値で表すと、20Pは文字間隔平均1.2mm、行間隔平均5.8mmとなり、24Pでは、文字間隔平均1.9mm、行間平均6.1mmとなった。
 文字間隔や行間隔の適切さが読書効率にもっとも影響しやすいのは、求心性の視野狭窄や中心暗転等を持つLVである。こうした眼疾を有する者にも、文字サイズや行間表示を任意に変更できる拡大読書器の活用を促すべきであろうと考える。

  5)読み速度について 
 まず、読み材料のフォント・文字サイズ・コントラスト・文字間隔・行間隔それぞれの条件を、個々のLVの希望に合わせて加工・生成し、読み速度を測定した。
 個々のLVの希望条件下での平均読み上げ速度は表7に示すとおりである。調査条件は、必ずしも同一とはいえないが、「視力0.1以上を有する晴眼者30名の平均読み速度は、353文字/分」(三輪他,1997)とする研究報告と近似するも若干下回る結果となった。
 また、常時ルーペや拡大読書器等の補助具を活用している者を数名抽出し、希望条件下での読み速度と12Pの読み材料を補助具を用いて読ませた際の速度を比較した。
 その結果、抽出した者の大半において、希望条件下では補助具を使用しない方が読み速度が速かった。このことにより、補助具使用時の読書効率の低下には、紙上及び画面上のスキャニング等の動作に読み速度を低下させる因子のあることが推測された。
 また、今回の調査においては、読み材料のサンプルB5単票(タテ)のみで作成したが、A4単票やB4袋とじ等、用紙の使用形態・印字量だけでなく用紙そのものの扱いの熟練度によっても読み速度に影響のあることが推測された。

おわりに
 今回の調査によって、LVの読み材料を提供する上で、さのフォント・文字サイズ・コントラスト・文字間隔・行間隔等、LVの読み効率に影響を及ぼす各種条件に配慮することが、極めて需要であることを改めて認識できた。
 また、調査に使用したサンプルの加工を通じ、パソコンをはじめとした情報処理機器の活用により、個々のLVの視覚特性に基づいた読み材料の生成が、比較的容易であることも確認できた。
 しかし、多種多様なフォントの比較分析や、用紙サイズ・コントラストの工夫・補助具の適用等に、まだまだ課題が残るため、引き続き調査・研究を重ねていく必要があると考えている。
 なお、過去の研究と同様に、本調査の結果においても、フォント及び文字サイズに関しては、特定の範囲に希望が集まるという傾向が見られた。LVの研究者や指導者の多くが、この傾向を持って、読み材料の条件の「適切数値」を最大公約数的発想で決めがちであるが、本来LVひとりひとりの見易さに関する最適条件はまちまちである。このことは、個々のLVが希望した条件を配慮した読み材料での読み速度の調査結果に、如実に現れている。
 よって、希望が集中した条件に関しては、「不特定多数のLVに、読み効率が要求されない材料」を提供する際の、単なる参考程度にとらえるべきものと考える。

 本調査における生徒の面接は、「LV委員会」(本校中・高等部普通科有志による学習会ーメンバー:明比庄一郎・宇野和博・池田典子・金子修・左振恵子)とともに行った。
 なお、本稿は筆者が1997年10月から1998年3月までの間参加した「厚生省委託リハビリテーション指導者養成課程(社会福祉法人日本ライトハウス)」の研修期間中に執筆したものである。

 参考文献
 小田浩一・江坂百合子・中野泰志 1993 フォントの見やすさー視力低下がある場合、標準的な3つの書体はどれが一番読みやすいか?ー.第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集.Pp.50ー53.
 菊池智明・中野泰志 1993 弱視者の読み効率に及ぼす文字サイズと行間隔の効果 第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集.Pp.42ー45.
 国立特殊教育総合研究所 視覚障害研究部 1996 全国小・中学校弱視学級実態調査報告書 P.p23-33.
 国立特殊教育総合研究所 視覚障害研究部 1994 弱視児用文字学習カードの試作.
 佐藤泰正 1983 視覚障害児の読書速度に関する発達的研究.学芸図書 Pp.97-118.
 三輪まり枝・林弘美・菅野和子・久保明夫・石田みさ子・梁島謙次 1997 正常者の読み速度についてーロービジョン者との比較においてー. 第38回日本視能正学会.日本視能訓練士協会誌掲載予定原著.
 Legge,G.E.,Ross,J,A.,LaMay,J.M.,1989,Psychophysics of reading.VIII.The Minnesota low-vision reading test,Optometry and vision science,Vol66(12) ,Pp.843-853


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