盲学校高等部における拡大教科書(「古文」・「漢文」)の試行的研究

 
筑波大学附属盲学校
 宇野和博・明比庄一郎・池田典子・雷坂浩之・金子修
小松紀子・塩谷治・濱谷和江・原田早苗
(株)大活字
市橋正光・成松一郎

1.はじめに
 1998年度に発足した拡大教科書研究会(筑波大学附属盲学校内)では、昨年度の「現代文」に引き続き、今年度は「古文」・「漢文」の拡大教科書に関する試行的研究を行っている。
 本研究会では2つの目的を持っている。第1に、現在小学部と中学部の国語と算数・数学で補償されている拡大教科書と同質のものを、高等部各教科においても普及させていくことである。第2には、ロービジョン生徒(以下、LV生徒とする)にとって、より使いやすい拡大教科書というものはどうあるべきかという点を明らかにすることである。
 今回は高等部の「国語T」の教科所内の「古文」と「漢文」の単元を取り上げ、その部分の制作及びLV生徒への試行的提供を行うとともに、使用感等についての聞き取り調査を実施した。また、本校国語科教員とも協議を重ね、授業を展開する指導者の立場での意見集約をも行った。生徒及び教員相互の意見を、教科書作成過程の中で随時採り入れながら、「古文」・「漢文」の拡大教科書を作成する中でいくつかの配慮事項等を明らかにした。
 よって、本研究会では、今年度の課題とした「古文」・「漢文」の拡大教科書についての取り組みを中心に報告する。
2.昨年度の研究のまとめ
 昨年度の本研究大会でも途中経過を発表した現代文の試行結果に基づき、「古文」・「漢文」の拡大教科書にも共通に当てはまる点については、その結果を参考にした。今回「古文」・「漢文」の教科書作成時に適用させた項目は以下の通りである。
【紙の大きさ】
 B5とA4で比較すると、6人中5名の生徒はB5を希望し、1名の生徒はA4を希望した。ただ、今日の社会的な傾向としてはA版が多くなってきている。また、A4の方が入る文字数も多くなるためページも少なくてすみ、制作もしやすいという利点がある。よって、本研究ではA4版を使用することとした。
【紙質】
 6人仲人が真白よりもややクリーム色ががかった白色のものを希望した。反射が少なく、裏写りもしないのでそれが適切だと考えた。
【片面刷り・両面刷り】
 生徒によって意見が分かれた。両面刷りが4名、片面刷りが2名。片面刷りは無地の面をノート代わりに使えるという利点があり、両面刷りは教科書が薄くなるという利点があるからだろう。しかし、教科書としては一般的に両面刷りなので、それに準ずるのがよいと考えた。
【レイアウト】
 1ページの紙面上部2/3を本文とし、下部1/3を注釈部分とし、間に罫線を入れて区分が明確に分かるようにする。
【ルビ】
 1名の生徒が現行のものでは小さくて読みにくいと訴えた。カッコ書き等も検討したが、同じ語を2度発音することになり、また原文を変えることにもなるので、あくまでも横に位置させるのが良いだろうという結論になった。但し、ルビの大きさは生徒の視力等を考慮して今後も研究していく必要がある。よって本研究の「漢文」の試行の中で詳しく調査することとした。 
【新出漢字】
 はねやはらいがわかるように、フォントを教科書体にする。また、文字細部を確認することができるように32ポイントにした。
【ページ表示】
 拡大教科書でのページと原本の該当ページを書く。白黒反転等を用い、わかりやすくする。
【白黒反転】
 6名中3名が希望していたように黒白反転が有効な生徒は少なからずいる。制作費が高くなるという欠点もあるが、今回も用意し、その有効性を再度確認することとした。
【分冊】
 生徒は持ち運びしやすいためか、分冊の方がいいようである。実際、物理的にも分冊にした方がいいと考えた。

3.試行的研究内容の概略
(1)「古文」について
 @試行的制作の主たる観点
 「古文」については文字の大きさやフォントのみならず行間をどのくらいとるかが焦点となった。このことは、拡大教科書をノートとしても併用できないかという発想に基づいている。すなわち、行間を広げることで、そこに生徒が訳や説明を書き込めるようにすることが視線の移動を減らす結果ともなり、学習の効率性が高まるのではないかという仮説に拘わった結果である。よって、行間は現代文に比べ広くするということにした。
A制作時に反映させた主たる内容
 生徒の見え方に可能な限り対応するために、本文の文字の大きさは、22ポイントと28ポイントの2種類(別紙資料参照)を用意した。下欄については、それぞれ本文より2ポイントずつ小さくした。また、白黒反転を希望する生徒にはそれぞれを反転させたものも用意した。
 フォントは本文は太ゴシック、下欄の注釈部分は細ゴシックとした。
 文字間と行間については、A4横置きで、22ポイントの方は20文字×9行、28ポイントの方は15文字×9行とした。(別紙資料参照)
B制作時に反映させた主たる内容
 実際に制作した教科書を使用した生徒に対し、紙の大きさ・文字サイズ・フォント・文字間・行間・挿し絵・写真・書き込みの利便性等についての聞き取り調査を行った。生徒の意見は以下の通りである。
〇生徒A(22P使用)
・紙の大きさ、文字の大きさは問題ない。  
・ルビは見やすい。  
・行間が広すぎて読みにくい。書き込みは欄外に書く。  
・挿し絵と写真はあった方がいい。雰囲気をつかむために見ている。  
・拡大教科書を使うようになり、漢字が大きいので、確実に覚えられるようになった。  
・本文と注のフォントの差については特に問題ない。  
・ページ表示について白抜きは読みにくいので、黒枠に黒文字がいい。
〇生徒B(28P使用)  
・注釈部分も含め、紙の大きさ、文字の大きさ、フォントは使いやすい。読みやすい。  
・ルビは肉眼では見えない。漢字の後でカッコで書くか、ルビを大きくして欲しい。  
・行間はもっとつまっていた方がいい。書き込みはノートにする。  
・挿し絵や写真は見ても分からないものもあるので、なくても構わない。様子の説明が欲しい。  
・巻末でも良いから、*印の部分も注に入れて欲しい。  
・ページ表示は反転にしない方がいい。
〇生徒C(22P白黒反転使用)
・紙の大きさ、文字の大きさ、ルビは問題ない。
・行間はルビや注の番号を示す数字があるのでこ位がいい。
・教科書の写真と照らし合わせて見るので、写真はこのままでもいい。
・本文と注のずれをなくして欲しい。
〇生徒D(22P白黒反転使用)
・背景の黒をもっと濃くして欲しい。
・ルビも読める。
・紙の大きさや文字の大きさは問題ない。
・文字間や行間はこのままでいい。
・挿し絵の部分をもう少し明るくして欲しい。
(例ー背景を明るく、竹などは縁取りでハッキリ)
・この教科書より拡大読書器の方がいい。但し、疲労感はある。
・教室がもっと明るければすらすら読めるのでこれからも提供して欲しい。
〇生徒E(22P白黒反転使用)
・通常拡大読書器を使って読む。読書器を書く場面でも使っている時の読みには有効である。
・紙の大きさ、文字の大きさ、ルビも問題ない。
・行間はもっと狭い方がいい。
・写真は見にくいのであまり見ない。
・新出漢字の画数が多いものはもっと大きくして欲しい。
〇生徒F(28P使用)
・紙の大きさ、文字の大きさは読みやすい。
・注も28Pがいい。フォンとも本文と同じがいい。
・ルビは漢字の後にカッコ書きがいい。肉眼では読めない。
・文字間や行間はこれでいいが行間はこれ以上広がると困る。書き込みは余白かノートの書く。
・挿し絵や写真はあった方がいい。見やすい。
・ページ表示は反転しない方がいい。
(2)「漢文」について
@試行的制作の主たる観点
 「漢文」は、「レ点」・「一二点」・「上下点」・「再読文字」等、独特の文語文法に従っていることから、レイアウトのあり方と文字の大きさが最大の課題となった。
 特に、白文の漢字が大きすぎるとルビや送り仮名・返り点の大きさや位置のバランスが悪くなるということが問題となった。漢字が大きすぎては視野の狭いLV生徒には読みにくくなる訳だが、ルビや送り仮名、返り点等も、小さすぎて読みにくくなってしまう。また、1行に7個程度の漢字が入らないと漢詩の体裁を崩してしまう。よって、それらの問題をクリアー出来るスタイルを模索した。
A制作時に反映させた主たる内容
 漢字の大きさとルビの大きさを、白黒反転も含めそれぞれ2種類(別紙資料参照)ずつ用意した。サンプル@はA4で、漢字が48ポイント、ルビや返り点が20ポイント、書き下し文が30ポイント、注釈部分は22ポイントで表記した。フォンとは白文は太教科書体、書き下し文その他は太ゴシック体にした。サンプルAはB5で、漢字が42ポイント、ルビや返り点が18ポイント、書き下し文が26ポイント、注釈部分は22ポイントで表記した。フォンとはサンプル@と同じである。
B生徒の使用感に関する聞き取り結果
 生徒に対し、実際に制作した教科書のサンプルを提示し、紙の大きさ・紙面のレイアウト・文字サイズ・フォント・文字間・行間・注釈番号の表示方法等についての聞き取り調査を行った。生徒の意見は以下の通りである。
〇生徒A
・B5版のサンプルが見やすい。  
・文字の大きさ、文字間・行間、ルビ等は特に問題なし。  
・注釈を表示するカッコ内の数字が見にくい。どこが注釈のある部分なのか分かりにくい。注釈表示が文字とずれている。
〇生徒B  
・A4版のサンプルがいい。漢字の大きさもルビの大きさも妥当である。  
・書き下し文の表記も問題ない。  
・文字間、行間、注釈は問題ない。
〇生徒C
・A4版のサンプルを白黒反転させたものがいい。
・明るい場所ではルビや送り仮名の大きさはこのままが見やすい。漢字をもう少し小さくして欲しい。
・次の文字が探しにくいから白文の文字間をもう少し詰めて欲しい。  
・書き下し文については問題ない。  
・注釈の番号はカッコ書きではなく、四角くくり抜いた方が分かりやすいかもしれない。
〇生徒D
・B5版の白黒反転をさせたものがいい。
・漢字の大きさ、添字、書き下し文、注釈部分は問題ない。
・文字間、行間は問題ない。
・注釈が本文の該当する行の真下にあると分かりやすい。
・注釈表示を分かりやすくして欲しい。
〇生徒E(22P白黒反転使用)
・B5版の白黒反転をさせたものがいい。
・漢字の大きさ、ルビや送り仮名、書き下し文、注釈部分は問題ない。
・文字間、行間は問題ない。
〇生徒F(28P使用)
・ルビや返り点が大きい方が見やすいためA4版がいい。漢字が大きすぎることはない。
・文字間や行間は問題ない。
・注釈部分も問題ない。
4.まとめ
 以上の結果から、「古文」・「漢文」の拡大教科書は前記の「現代文」から参考にした点に加え、以下の点を配慮して作成するのが望ましいと考えられる。
(1)「古文」について
【文字の大きさ】  
 本文については28ポイントと22ポイントで行ったが、問題はなかった。しかし、これは本校高等部の拡大教科書を希望した生徒に対して適用した結果であり、利用者数が増えた場合には、ポイントをもう一種類程度は用意する必要性があると思われる。
【フォント】  
 6名全員が太ゴシック体で問題がなかった。ただ、ゴシック体の中でもいくつか種類があるので、今後も細かく研究していく必要があると考える。
【文字間】  
 今回の研究の結果からは、特に検討すべき問題はなかった。文字の間隔については、それぞれのポイントごとに、今回作成したサンプルをベースに、今後の教科書作りに適用させていくべきだと考える。
【行間】  
 今回は、「ノート的に併用」という利便性に関する仮説のもとに、行間隔をあげることで、書き込みも出来るように配慮したわけだが、生徒にはあまり有効でなかったようだ。行間を広げたことで、次の行を見つけにくくしてしまい、生徒にとってはかえって読みにくさを引き起こしてしまった。  
 書き込めることの有効性という仮説は、生徒にとって不要な配慮に終わった。やはり教科書は、読み主体のものとして、現代文などと同じような行間がいいと考えられる。
【注釈】  
 本文の後ではなく、本文の各行に可能な限り対応するような位置で、なおかつ各ページの下に記す形式が良いようである。また、罫線での区分だけでなく、本文よりやや小さいポイントにするか、フォントを変えるなどして、本文ではないことが容易に分かるようにする必要性が明確になった。但し、重度のLV生徒には20ポイント細ゴシック体は読みにくさがあることも今回の調査で明らかになった。
【図表・挿し絵】  
 原本のものをそのまま導入するのでは不十分である。まず、原図を可能な限り拡大することや、主要な部分のみをトリミングして拡大することが望ましいようだ。また、原図の表題や説明文の文字もポイントを高める必要がある。
【写真】  
 「絵巻」など、わかりにくい写真に対しては、光景や状態を解説するための文章で情報を補足する手段もある。白黒反転のものは、明度やコントラストを上げた表示にすることで、より見やすくなる可能性がある。  
 図表・挿し絵・写真に関しては、教科書本文と同一紙面に掲載することに拘わらず、提示することで学習効果が高められるものは、拡大コピーや拡大写真等の資料集的な教材やスライド・OHP等の視聴覚教材を別途準備し活用する必要がある。
【白黒反転】  
 今回も6名昼名が希望した。やはり白黒反転が有効な生徒は少なからずいることが再確認された。
(2)「漢文」について 
【文字の大きさ】  
 本文の漢字が48ポイントと42ポイント、ルビや返り点を20ポイントと18ポイントでサンプルを作ったが、見にくいという生徒はいなかった。このサイズであれば、大半のLV生徒に適用できると考えられる。
【フォント】  
 本文の漢字が太教科書体、その他が太ゴシック体だったが、見にくいという生徒はいなかった。漢字のはねやはらいが正確に見られるので本文には教科書体がいいと思われる。
【文字間】  
 送り仮名・返り点・上下点等があるため、漢字と漢字の間がやや広くなってしまったが、問題を訴える生徒はいなかった。もっとも、この文字間は「漢文」のレイアウト上やむ終えぬものであったが、本文スペース1行当たりの文字数は7文字程度が適当であるようだ。  
 教科指導者の意見としては、送り仮名や各種記号のない文字間、詰めても良いのではないか、間隔が詰まっている部分と空いている部分とが明確になることで、再読箇所等が分かりやすくなるかもしれないという意見もあった。今後とも検討すべき課題である。
【行間】  
 ルビや注と対応させるために本文の行間が広くなり、行を移行する上で読みにくさを訴えた生徒が1名いた。漢字の左右に、送り仮名・ルビ・注釈数字等を入れるスペースが必要なため、「現代文」や「古文」と比べ、行間隔が広がることは避けられないが、漢詩の体裁を崩さないことも重要である。  
 本文スペース1ページ当たりの行数は、4〜5行程度が適当であると考えられる。
【注釈】  
 今回は、注釈を提示する数字をカッコで表示したが、レイアウトの関係で、数字の位置が注釈のある文字の位置とずれた場合に分かりにくいという生徒がいた。対象文字の真横に数字を位置させる必要がある。また、注釈数字の有無が分かりやすいように、四角で囲うとか反転するというような工夫が必要だと思われる。  
 注釈は真下がもっとも好ましいものであるが、最低限「見開き」で見える範囲に位置させることが重要だと考えている。
【ルビ・返り点・送り仮名】  
 今回の2つのサンプルで5名の生徒には問題はなかったが、1名の生徒が20ポイントよりはもう少し大きくして欲しいと要望している。こうした重度の生徒の視力等を考慮する事も重要なことではあるが、これ以上はルーペ等の補助具や拡大読書器に依拠する段階である。また、拡大教科書の体裁としての文字の大きさの上限もあると思われる。今後の研究の課題としたい。

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