2008年8月25日

「教科書バリアフリー法」成立と今後の展望

筑波大学附属視覚特別支援学校盲学校
宇野和博

 2008年6月10日、衆議院本会議において「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律案」いわゆる「教科書バリアフリー法案」が全会一致で可決され、成立しました。これは3月に民主党から参議院に提案されていた「教科書バリアフリー関連三法案」を基に、与野党協議を経て、超党派の議員立法として再提案されたものです。これまで障害のある児童・生徒の拡大教科書や点字教科書などの保障については十分に法的な整備がなされておりませんでしたが、本法律の成立により拡大教科書や点字教科書等は「教科用特定図書等」と位置付けられ、国は教科用特定図書等の普及の促進等に関して必要な措置を講じなければならないと規定されました。また、著作権法の中でも拡大教科書や点字教科書だけでなく、音声教科書や電子教科書についても第33条第2項の改正により、著作権許諾の必要がなくなりました。このことは障害児教育の歴史の中でも大きな一歩を踏み出したと言えます。
 また、文部科学省は、4月に「拡大教科書普及推進会議」を立ち上げ、@拡大教科書の標準的な規格A教科書デジタルデータの提供方法B高校における拡大教科書のあり方などについて検討を開始しました。そこで、この教科書バリアフリー法を基にさまざまな視点からこれからの教科書や読書のあり方について探っていきたいと思います。

1.教科書バリアフリー法
 教科書バリアフリー法の全文は次の通りです。

(目的)
第一条 この法律は、教育の機会均等の趣旨にのっとり、障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の発行の促進を図るとともに、その使用の支援について必要な措置を講ずること等により、教科用特定図書等の普及の促進等を図り、もって障害その他の特性の有無にかかわらず児童及び生徒が十分な教育を受けることができる学校教育の推進に資することを目的とする。
 (定義)
第二条 この法律において「教科用特定図書等」とは、視覚障害のある児童及び生徒の学習の用に供するため文字、図形等を拡大して検定教科用図書等を複製した図書(以下「教科用拡大図書」という。)、点字により検定教科用図書等を複製した図書その他障害のある児童及び生徒の学習の用に供するため作成した教材であって検定教科用図書等に代えて使用し得るものをいう。
2 この法律において「検定教科用図書等」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第三十四条第一項(同法第四十九条、第六十二条及び第七十条第一項において準用する場合を含む。)に規定する教科用図書をいう。
3 この法律において「発行」とは、図書その他の教材を製造供給することをいう。
4 この法律において「教科用図書発行者」とは、検定教科用図書等の発行を担当する者であって、教科書の発行に関する臨時措置法(昭和二十三年法律第百三十二号)第八条の発行の指示を承諾したものをいう。
5 この法律において「電磁的記録」とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。
 (国の責務)
第三条 国は、児童及び生徒が障害その他の特性の有無にかかわらず十分な教育を受けることができるよう、教科用特定図書等の供給の促進並びに児童及び生徒への給与その他教科用特定図書等の普及の促進等のために必要な措置を講じなければならない。
 (教科用図書発行者の責務)
第四条 教科用図書発行者は、児童及び生徒が障害その他の特性の有無にかかわらず十分な教育を受けることができるよう、その発行をする検定教科用図書等について、適切な配慮をするよう努めるものとする。
第二章 教科用特定図書等の発行の促進等
 (教科用図書発行者による電磁的記録の提供等)
第五条 教科用図書発行者は、文部科学省令で定めるところにより、その発行をする検定教科用図書等に係る電磁的記録を文部科学大臣又は当該電磁的記録を教科用特定図書等の発行をする者に適切に提供することができる者として文部科学大臣が指定する者(次項において「文部科学大臣等」という。)に提供しなければならない。
2 教科用図書発行者から前項の規定による電磁的記録の提供を受けた文部科学大臣等は、文部科学省令で定めるところにより、教科用特定図書等の発行をする者に対して、その発行に必要な電磁的記録の提供を行うことができる。
3 国は、教科用図書発行者による検定教科用図書等に係る電磁的記録の提供の方法及び当該電磁的記録の教科用特定図書等の作成への活用に関して、助言その他の必要な援助を行うものとする。
 (教科用特定図書等の標準的な規格の策定等)
第六条 文部科学大臣は、教科用拡大図書その他教科用特定図書等のうち必要と認められるものについて標準的な規格を定め、これを公表しなければならない。
2 教科用図書発行者は、指定種目(検定教科用図書等の教科ごとに分類された単位のうち文部科学大臣が指定するものをいう。次項において同じ。)の検定教科用図書等に係る標準教科用特定図書等(前項の規格に適合する教科用特定図書等をいう。以下同じ。)の発行に努めなければならない。
3 国は、教科用図書発行者による指定種目の検定教科用図書等に係る標準教科用特定図書等の発行に関して、助言その他の必要な援助を行うものとする。
 (発達障害等のある児童及び生徒が使用する教科用特定図書等に関する調査研究等の推進)
第七条 国は、発達障害その他の障害のある児童及び生徒であって検定教科用図書等において一般的に使用される文字、図形等を認識することが困難なものが使用する教科用特定図書等の整備及び充実を図るため、必要な調査研究等を推進するものとする。
 (障害その他の特性に適切な配慮がなされた検定教科用図書等の普及)
第八条 国は、障害その他の特性の有無にかかわらずできる限り多くの児童及び生徒が検定教科用図書等を使用して学習することができるよう適切な配慮がなされた検定教科用図書等の普及のために必要な措置を講ずるものとする。
   第三章 小中学校及び高等学校における教科用特定図書等の使用の支援
 (小中学校及び高等学校における教科用特定図書等の使用等)
第九条 小中学校(小学校及び中学校(中等教育学校の前期課程を含む。以下同じ。)をいい、学校教育法第八十一条第二項及び第三項に規定する特別支援学級(以下単に「特別支援学級」という。)を除く。以下同じ。)及び高等学校(中等教育学校の後期課程を含み、特別支援学級を除く。以下同じ。)においては、当該学校に在学する視覚障害その他の障害のある児童及び生徒が、その障害の状態に応じ、採択された検定教科用図書等に代えて、当該検定教科用図書等に係る教科用特定図書等を使用することができるよう、必要な配慮をしなければならない。
2 国及び地方公共団体は、前項の規定による配慮がなされるよう、発行が予定される教科用特定図書等に 関する情報の収集及び提供その他の必要な措置を講ずるものとする。
(小中学校の設置者に対する教科用特定図書等の無償給付)
第十条 国は、毎年度、小中学校に在学する視覚障害その他の障害のある児童及び生徒が検定教科用図書等に代えて使用する教科用特定図書等を購入し、小中学校の設置者に無償で給付するものとする。
(契約の締結)
第十一条 文部科学大臣は、教科用特定図書等の発行をする者と、前条の規定により購入すべき教科用特定図書等を購入する旨の契約を締結するものとする。
(教科用特定図書等の給与)
第十二条 小中学校の設置者は、第十条の規定により国から無償で給付された教科用特定図書等を、それぞれ当該学校の校長を通じて、当該学校に在学する視覚障害その他の障害のある児童又は生徒に給与するものとする。
2 学年の中途において転学した視覚障害その他の障害のある児童又は生徒については、その転学後において使用する教科用特定図書等は、前項の規定にかかわらず、文部科学省令で定める場合を除き、給与しないものとする。
(都道府県の教育委員会の責務)
第十三条 都道府県の教育委員会は、政令で定めるところにより、教科用特定図書等の無償給付及び給与の実施に関し必要な事務を行うものとする。
(給付の完了の確認の時期の特例)
第十四条 第十一条の規定による契約に係る政府契約の支払遅延防止等に関する法律(昭和二十四年法律第二百五十六号)第四条第一号に掲げる時期については、同法第五条第一項中「十日以内の日」とあるのは、「二十日以内の日」と読み替えて同項の規定を適用する。
(政令への委任)
第十五条 第十条から前条までに規定するもののほか、教科用特定図書等の無償給付及び給与に関し必要な事項は、政令で定める。
   第四章 標準教科用特定図書等の円滑な発行の確保
(標準教科用特定図書等の需要数の報告)
第十六条 市町村の教育委員会並びに学校教育法第二条第二項に規定する国立学校及び私立学校の長は、次に掲げる標準教科用特定図書等の需要数を、文部科学省令で定めるところにより、都道府県の教育委員会に報告しなければならない。
 一 小中学校について採択された検定教科用図書等に係る標準教科用特定図書等であって、当該標準教科用特定図書等を使用する年度において発行が予定されているもののうち、小中学校に在学する視覚障害その他の障害のある児童及び生徒が当該検定教科用図書等に代えて使用するもの
 二 特別支援学校の小学部及び中学部並びに小学校及び中学校に置かれる特別支援学級について学校教育法附則第九条に規定する教科用図書として採択された標準教科用特定図書等であって、当該標準教科用特定図書等を使用する年度において発行が予定されているもの
2 都道府県の教育委員会は、前項各号に掲げる標準教科用特定図書等の都道府県内の需要数を、文部科学省令で定めるところにより、文部科学大臣に報告しなければならない。
(標準教科用特定図書等の発行の通知等)
第十七条 文部科学大臣は、前条第二項の規定による報告に基づき、標準教科用特定図書等の発行を予定している者にその発行をすべき標準教科用特定図書等の種類及び部数を通知しなければならない。
2 文部科学大臣は、必要に応じ、前項の通知を受けた者に対し報告を求めることができる。
(事務の区分)
第十八条 第十六条第二項の規定により都道府県が処理することとされている事務及び同条第一項の規定により市町村が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二条第九項第一号に規定する第一号法定受託事務とする。
附 則
(施行期日)
第一条 この法律は、公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日から施行し、平成二十一年度において使用される検定教科用図書等及び教科用特定図書等から適用する。
(検討)
第二条 国は、高等学校において障害のある生徒が使用する教科用拡大図書等の普及の在り方並びに特別支援学校に就学する児童及び生徒について行う援助の在り方について検討を行い、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。
 (地方自治法の一部改正)
第三条 地方自治法の一部を次のように改正する。
  別表第一に次のように加える。
(省略)
 (著作権法の一部改正)
第四条 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)の一部を次のように改正する。
  第三十三条の二の見出し中「複製」を「複製等」に改め、同条第一項中「弱視の」を「視覚障害、発達障害その他の障害により教科用図書に掲載された著作物を使用することが困難な」に、「を拡大して」を「の拡大その他の当該児童又は生徒が当該著作物を使用するために必要な方式により」に改め、同条第二項中「文字、図形等を拡大して」を削り、「図書(」を「図書その他の複製物(点字により複製するものを除き、」に、「教科用拡大図書」を「教科用拡大図書等」に改め、同条に次の一項を加える。
4 障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律(平成二十年法律第
号)第五条第一項又は第二項の規定により教科用図書に掲載された著作物に係る電磁的記録(同法第二条第五項に規定する電磁的記録をいう。)の提供を行う者は、その提供のために必要と認められる限度において、当該著作物を利用することができる。
 第四十七条の四及び第四十九条第一項第一号中「第三十三条の二第一項」を「第三十三条の二第一項若しくは第四項」に改める。
 (罰則についての経過措置)
第五条 前条の規定の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。


2.教科書バリアフリー法の意義と残された課題
 これまで拡大教科書や点字教科書は学校教育法上の「107条図書」(現在は附則第9条)として盲学校や弱視学級において無償給与されてきました。しかし、一般の小・中学校の通常の学級には学校教育法の107条は適用にならないため、2004年度から予算措置として無償給与制度が始まっておりました。しかし、本法律により拡大教科書や点字教科書は教科用特定図書と位置づけられ、無償給与も法定化されたことはさまざまなニーズのある障害児の教育を受ける権利を保障するという観点でも重要な意義があると言えます。
 次に教科書デジタルデータの提供義務についてですが、昨年度から一部の教科で主に文字を中心に教科書デジタルデータの提供が始まっておりました。しかし、その内容も決して十分とは言えませんでしたので、欧米諸国のように教科書デジタルデータの提供が義務付けられ、それがボランティア等によって有効に活用できる道筋ができたことは大変喜ばしいことです。更にこのデジタルデータの活用が障害児の学習環境の整備に大きく寄与する可能性があることについては後述したいと思います。
 また本法律では、原本の検定教科書が障害のある自動・生徒にも使いやすいものとなるよう適切な配慮に努めるということが規定されました。これは拡大や点字にする時に困るような内容は避けるということだけでなく、さまざまな障害のある児童・生徒にとって使いやすい教科書となるよう求めているものです。この条項が実際に有効に機能するためには、今後、視覚障害や発達障害等の教育関係者から具体的な提言を行っていく必要があるかと思います。
 教科書出版社による拡大教科書の発行は、当初の民主党案では、罰則規定のある義務とされておりましたが、最終的な与野党合意案では努力義務規定となりました。但し、法律の施行は平成二十一年度からとなりました。もし来年度4月において拡大教科書の発行が進まないようであれば、2006年の衆参の国会の付帯決議や当時の小坂文部科学大臣の書簡、及び2008年の渡海文部科学大臣の書簡、更には教科書バリアフリー法による努力義務が機能しないということになります。拡大教科書が必要でも入手できていない弱視の子供たちが全国で数千名規模で取り残されている状況を踏まえ、教科書出版社には文部科学省が公表する標準的な規格に基づき、来年4月からの拡大教科書の発行を是非お願いしたいと思います。
 このように教科書バリアフリー法成立の意義は大きいのですが、障害児の教科書に関する問題が全て解決されたというわけではありません。一般の高等学校における拡大教科書や点字教科書の費用負担についてですが、当初の民主党案では、高校における拡大教科書や点字教科書等の費用負担について、原本の検定教科書との価格差を国が補償するという項目が盛り込まれておりました。しかし、与党との修正協議で、この条項は削除されてしまいました。なぜ、盲学校の高等部で拡大教科書や点字教科書が無償であるにも関わらず、また晴眼の高校生の費用負担は検定教科書代だけにも関わらず、視覚障害児が一般の高校に進学した場合、検定教科書の数十倍にも及ぶ拡大教科書等の費用を全て自己負担しなければならないのでしょうか。この不平等な状態は、憲法が定める法の下の平等に定職するのではないかと思います。
 少し拡大教科書の話から外れますが、もう一つ当初の民主党案から後退したものがあります。盲学校の理療科・保健理療科における音声教科書の費用負担軽減です。盲学校の理療科・保健理療科には病気等により点字が読めない視覚障害者が少なからず在籍しています。そのような場合、音声教科書(DAISY)により学習を勧めていますが、この音声教科書が有償とされたままです。既に厚生労働省管轄の視力障害センター等では音声教科書も選択肢の一つになっていますが、文部科学省管轄の盲学校では墨字(活字)か点字の二択になっています。当初の民主党案ではこの音声教科書の購入費の費用補助と言う条項が盛り込まれておりましたが、与党との修正協議によりこれも削除されてしまいました。


3.総合的な教育環境の整備の必要性
 障害児の学習環境を整える上で、適切な教科書供給だけが必要十分な条件というわけではありません。教科書の次に挙げられる課題はドリルなどの副教材、参考書、問題集などでしょう。学校教育の中で必要な教科書以外のこれらの教材については著作権許諾や供給体制をどう確立するかという問題がありますが、このような問題をどのように解決していけばよいのでしょうか。

(1)読書推進と文字・活字文化振興
 2001年に「子どもの読書活動の推進に関する法律」が成立しました。その第二条に「子ども(おおむね十八歳以下の者をいう。以下同じ。)の読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものであることにかんがみ、すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことができるよう、積極的にそのための環境の整備が推進されなければならない。」とあります。この「すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において」という精神から考えると、弱視児の読書環境整備は教科書のみに留めてはならないでしょう。

 更に視点を広げて考えてみると、学校教育上、必要な書籍というのは必ずしも参考書や問題集に限られるわけではありません。晴眼の子どもたちが一般図書を読書するのと同じように弱視の子どもにも多くの本が読めるような環境整備も求められます。ところが、一般図書はどの本が子供向きで、どの本が大人向きと容易に決められるわけではありません。また、障害教育という観点に立てば、弱視児の学習だけ保障して、弱視者の読書環境は放置してよいというものでもないでしょう。まして、加齢による低視力者を含めると100万人以上とも推定されている読書障害者を救うためには一般図書すべてのバリアフリーを考えるのが当然の流れとなってきます。この考え方を後押しする「文字・活字文化振興法」が、2005年7月に成立しています。その第三条には、次のように定められています。

「文字・活字文化の振興に関する施策の推進は、すべての国民が、その自主性を尊重されつつ、生涯にわたり、地域、学校、家庭その他の様々な場において、居住する地域、身体的な条件その他の要因にかかわらず、等しく豊かな文字・活字文化の恵沢を享受できる環境を整備することを旨として、行われなければならない。」

 この条文にある「身体的な条件その他の要因にかかわらず」という理念から考えれば、もはや学校教育という枠組み内にある問題の解決を図るのではなく、出版そのもののバリアフリー化を考えるのが目指すべき方向と言えます。

(2)著作権法上の課題
 それでは、本を読みたいという障害児や障害者と読書を結び付けるにはどうすればよいのでしょうか。まず、社会全体で本という知的財産を共有していくためには著作権と障害者の情報アクセス権の調和を図っていく必要があります。現行の著作権法では、点字については公表された著作物は著作権者に許諾を得なくても点訳することができるとされています。しかし、音訳については、場所と目的が制限されていますし、拡大文字については教科書のみが著作権者の許諾を得なくてもよいとされています。このように障害の程度によって、法律上の措置が異なり、著作権者との交渉が進まないということになれば、民民では解決し難いジレンマに陥ってしまいます。障害者が求める情報アクセスは点字、音声拡大文字、電子データなどがありますが、どの媒体でもスムースに情報が伝えられるような法制度が求められます。
 そこで例えば、障害者の情報アクセスのための媒体変換については、福祉目的が故にフリーということではなく、著作権法上で教科書のように補償金を支払うことにより、著作権許諾の手続を省略するというような法制度は作れないものでしょうか。そうなれば、僅かな額かも知れませんが、一定の補償金が著作権者にも支払われることになります。つまり、他機関やボランティアでも拡大教材や音声教材、電子教材の製作にスムーズに取り掛かれるような著作権法上の配慮が必要であると考えます。
 最もノーマライゼーションの理念が社会的にも浸透し、出版社が一般図書の出版時にバリアフリー化に取り組むようになれば、法改正の必要もありません。これは理想論で現実離れしているかのように聞こえるかも知れませんが、実態を見ればそうとも言えません。加齢による低視力者を加えると大きな文字を求めている人は120万人以上存在します。現在、日本では65歳以上の方は人口の5分の1であり、10年後には4分の1になるそうですが、今後この高齢化社会に伴い、読書障害者が更に増えるということも予想されます。その読書障害を取り除き、アクセスできる媒体で情報を提供していくことは、今後、小さな市場ではなく、大きなマーケットになり得ると共に出版社の社会的責務とも考えられるからです。
 このように障害の有無に関わらず、全ての国民がいつまでも文字や活字に触れられるような環境を整えるのは、文部科学省や文化庁等の行政のリーダーシップ、著作権者の理解、出版社の協力、及び社会的意識の高揚が伴ってこそ実現できていくものでしょう。


4.電子データから広がるさまざまな読書
 それでは、どのような障害があっても、それぞれのニーズに合わせた学習や読書の環境を整えるにはどうしたらよいのでしょうか。「電子データ」をキーワードに、その方法について考えてみます。

(1)One Source, Multi Use
 障害のある人が自分の読みやすいスタイルで読めるように、元の著作物のデータ(One Source)を変換し、いくつかの媒体で利用(Multi Use)することが可能になれば、より多くの人が、読書を楽しめるようになります。このような理念こそ教育分野におけるユニバーサルデザインに通じるものであり、社会全体で共有すべき考え方と言えるでしょう。どのようなデータであれば、よりよいOne Sourceになり得るかは議論がありますが、電子データが様々な媒体保障の鍵になることは間違いないでしょう。

(2)弱視児のニーズと電子教材の可能性
 電子データを活用し紙で拡大教材を作るという方法の他に、弱視の子どもたちにパソコンの画面上で直接利用できる電子教材を提供してはどうかという考え方もあります。ここでその利点を考えてみます。

・画面環境を容易に変えることができるため、背景や文字の色を調節したり、字体や文字の大きさ、行間や文字間を瞬時に変更することができる。
・検索やリンクの機能を使うことにより、読みたい場所やさし絵、写真なども瞬時に表示させることができる。辞書の単語検索などにも有効である。
・音声や動画を盛り込むことができるため、英単語の発音や実験、調理などの動きを提示することも可能である。視覚だけに頼らず、音声を併用することにより、誤読を減らしたり、読書効率を上げることもできる。

 このような利点は、弱視の子どもの一人一人のニーズにあわせた教材提供に適合するものとなるでしょう。将来的には弱視の子どもの教材にとどまらず、一般の教科書としてもこれらのメリットが有効に活用される日が来るかもしれません。ただ、現段階においては、次のような難点もあります。

・ノートパソコンを利用したとしても紙の教材ほど持ち運びは容易ではない。また利用できる場所も制限される。
・長時間、ディスプレイを見続けるのは紙での教材提供に比べ、眼の疲労を訴える弱視児が多い。
・読書にいたるまでのパソコンの操作は、本のページを開くよりは難しく、機器のトラブルの対処も含めて小・中学生に求めるのは時期尚早である。

 このような課題はありますが、近年の科学技術の進歩を考えれば、電子教材に移行できる日が来るのはそう遠くはないのかもしれません。現在でも液晶ディスプレーでさほどまぶしくない画面もありますし、電子ペーパーの実用化も進み、実際に読書専用の電子ブックリーダーも発売されています。このような端末を児童や生徒でも容易に操作できるようなものに改良していけば、教育の世界での実用化も現実的なものとなるでしょう。今は、その過渡期ですので、ある一つの手段を押し付けるのではなく、弱視児が自分に合った学習媒体を選べるという「選択の自由」を保障することが何より大切と言えます。

5.読書のユニバーサルデザインとは?
 障害者のバリアフリーのために考案されたものが実は健常者にとっても便利だったという事例はいくつかあります。シャンプーの容器に突起が付けられたことにより、視覚障害者でもシャンプーとリンスが区別できるようになりました。ところが、晴眼者にとってもシャンプーを洗い流している時に目をつぶったまま手でリンスを探せるという利点が生まれました。車椅子のためのスロープやエレベーターがベビーカーやスーツケースを運ぶ人にとっても便利だったというのもこれに当るでしょう。
 障害者のための様々な読書媒体保障というのも、利用方法によっては晴眼者の生活や文化の向上に寄与できるのではないかと思います。また、それは新たなビジネスチャンスになり得るかも知れません。例えば、点字図書館等で製作された音訳図書は、視覚障害者への貸し出しだけでなく晴眼者でも利用できるようにすれば、ドライブをしながら本を聴くということも可能になります。現に欧米諸国では「オーディオブック」として多くの音声図書が商品化されており、長距離をドライブしながら長編小説を楽しむという文化もあります。拡大図書も数が増えてくれば、病院の眼科病棟や老人ホーム、福祉施設等で高齢者等にも読書を楽しんでもらうことができます。その他にもまだまだ、アイデアはあるでしょうが、著作物という知的財産を障害の有無に関わらず共有しようという社会的共通認識が生まれれば、日本全体の生活及び文化水準がますます高まっていくことでしょう。
 

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