2004年3月15日

拡大教科書無償措置の問題点と今後の課題

1. 突破口となった著作権法改正
 拡大教科書製作には、著作権許諾という大きな壁があった。法的には教科書でないため、教科書に関わる全ての著者・画家・写真家に許諾を得なければ製作に取り掛かれないという問題である。数年来に及ぶ当事者やボランティア等の要望、及び国会議員の働きかけを受け、文化庁は著作権法改正に着手した。2004年1月に施行されたこの法改正により、今まで許諾が取れないために拡大教科書から本文や挿絵、写真が削除されていたが、これからは補償金を支払えば検定教科書と同じ内容の拡大教科書が出版できるようになる。ボランティアが拡大教科書を製作する場合は補償金の支払義務も免除され、すぐに製作作業に取りかかれるようになる。また、弱視児は視野等の問題で複雑な図表や挿絵が理解できないことがあるが、この改正によりそれらを見やすく書き直すことも違法ではなくなるのである。

2. 義務教育段階における拡大教科書無償給与
 通常の検定教科書と違い、少部数の発行である拡大教科書の製作費用は、1教科当たり数千円から数万円に及ぶ。それが義務教育にも関わらず、保護者負担となっていた。これは拡大教科書が法的には教科書と認められていないからである。文部科学省は「拡大教科書は検定教科書と字体やレイアウトが異なる。」という理由で教科書と認めない。しかし、拡大教科書も同じように「教科書」とすれば、「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」が適応できたはずである。
 この拡大教科書の費用負担問題について、2003年5月22日の参議院文教科学委員会において、遠山前文科相は「弱視児が例外なく拡大教科書を使えるようにするのは行政の責任」と言及した。また、同年6月11日の衆議院文部科学委員会においても「拡大教科書が実質上、無償になるようにしたい」と明言した。この遠山前文科相の前向きな答弁を受け、初等中等教育局教科書課内で無償措置の検討が始まった。
 まず、盲学校や弱視学級に在籍する弱視児に対しては、学校教育法第107条をボランティアが製作した拡大教科書にも適応し、無償給与を実現することとなった。これまで盲学校では、出版されている拡大教科書のみ「107条図書」と認定され、無償給与されてきたが、ボランティアが製作する拡大教科書は、「学用品」としてその費用の一部が補助されているだけであった。弱視学級においても盲学校と同様にボランティア製作の拡大教科書も「107条図書」として無償給与されることになった。
 一方、弱視児が通常の学級に在籍する場合は、学校教育法107条は適応にならない。そこで、その拡大教科書代について文部科学省より新規の概算要求が出された。要求額は2002年度に製作された拡大教科書の数を参考にして1,700万円となった。その概算要求は、403億円という教科書総予算の中で支出するという形で政府案にも盛り込まれた。それを受け、文部科学省教科書課は2003年12月25日に「通常の学級に在籍する視覚に障害のある児童生徒に対する「拡大教科書の無償給与について」という事務連絡文書を各都道府県教育委員会に送付した。内容は1月30日までに拡大教科書を必要とする弱視児の数を調査し報告することと、その政策をボランティアに依頼する場合は、国との契約が締結できるか、また4月15日までに拡大教科書を納品できるかを確認するように命じているものである。これにより、弱視児の拡大教科書は制度上、全て無償給与される道が開けたことになる。

3. 非現実的な無償措置
(1) 申請期限
 拡大教科書の無償措置は実際にはうまく機能せず、多くの弱視児の拡大教科書が引き続き自己負担となってしまった。その1つの理由が申請期限である。
@ 盲学校・弱視学級
 盲学校や弱視学級に在籍する弱視児が拡大教科書を使用する場合、その申請期限が前年9月末までとされている。やむを得ない事情があっても、前年12月末以降は認められない。出版されている拡大教科書が使用できない場合は、12月末までに保護者はボランティアを探し、製作を依頼し、その拡大教科書を「教科書」として使う旨を学校を通して教育委員会に申請しなければならない。

A 通常学級
 通常の学級に在籍する弱視児の場合、2003年度は盲学校・弱視学級と同様の申請手続を1月30日までに行わなければならなかった。2004年度は更に1ヶ月早まり、前年12月末までに申請をしなければ無償措置は受けられない。
 しかし、これらの申請期限は全く現実離れしていると言わざるを得ない。1月以降に受験し、進学先が決まる弱視児やこの措置を申請期限後に知った弱視児には無償給与は適応されない。また、年度途中の視力低下や転校などにも対応できない制度である。そもそも弱視児が必要とする拡大教科書は申請・許可ではなく、学校が準備し、提供するのが本来の教科書供給の姿であり、弱視児のための特別支援教育なのではないだろうか。

(2) 納品期限
 ボランティアが何分冊にもなる拡大教科書を全て4月までに製作するというのはほぼ不可能であるにも関わらず、4月15日までに全冊納品することが無償措置契約の条件とされている。文部科学省はボランティアと新規に契約を結ぶに当たり、教育委員会にこの納品期限が守れるかどうかを確認するよう命じた。この納品期限が拡大教科書無償給与の大きな妨げとなった。「4月には第1分冊のみ納入しその他は授業に間に合うように必ず納品する。」というボランティアの主張と「教科書は4月15日までにすべて納入していただくのが規則である。」という行政との溝は埋まらなかった。このような対立は、全国各地で見られた。
 ボランティアが原本教科書を前年11月(下巻については当年5月)まで入手することが困難な現状や製作に通常約3〜4ヶ月、場合によってはそれ以上の期間がかかる実情を行政の事務担当者は理解しようとしない。
 この納品期限を巡り、教育委員会とボランティアの話し合いが決裂し、無償措置が進められなかった事例も出た。

(3) 混乱する現場
 都道府県教育委員会が正確に制度を理解していないことや無償措置に関する情報が行き届かないことにより学校現場も大きく混乱した。これは、盲学校や弱視学級においてボランティアが製作した拡大教科書を「107条図書」と認定し、無償で給与するという方針について、文部科学省から都道府県教育委員会に口頭でしか説明されなかったことに起因する。その結果、ほとんどの都道府県において学校現場まで適切に情報が伝えられなかったのである。よって、当事者やボランティアが担当者に説明し、制度を理解してもらうという本末転倒の情報周知となってしまった。今でも制度を十分理解していない教育委員会や盲学校からの問い合わせが続いているが、無償給与の申請期限は既に終わっている。
 また、通常の学級に在籍する弱視児の拡大教科書無償措置についても文部科学省から文書が出たのが、12月25日であり、報告期限は約1ヵ月後の1月30日であった。各都道府県教育委員会は1ヶ月間で実態を把握すると共にボランティアとの契約の確認を行わなければならず、対応に右往左往した。中には十分に弱視児の実態や拡大教科書の希望の有無などを確認しないで報告してしまい、弱視児のニーズが無視されてしまった事例も出た。

(4) ボランティアへのしわよせ
 出版されている拡大教科書は盲学校小学部の4教科と中学部の5教科でしかない。つまり、盲学校に通っていてもすべての必要な拡大教科書が学校からは供給されていない。結果的に弱視学級や通常の学級に在籍する弱視児も含め、全国の弱視児の拡大教科書製作依頼がボランティアに殺到した。もちろん、前述のような混乱があったため、全国で2,000名から3,000名と言われている弱視児のすべてが希望の声を上げられたわけではない。
 一方、全国で拡大教科書を製作しているボランティアグループは約50団体である。当然のことながら多くの依頼に対し、断わらざるを得ないという事態になってしまった。「困っている弱視児を目の前に断わるのは忍びない」という声も聞かれた。また、ボランティアを出版社のように扱い、厳しい納品期限を突きつけてくる行政の姿勢に怒りの声も上がっている。本来、弱視児を支援しようという志から始まったボランティア活動が、利用者である弱視児とのつながりを失い、教育行政の不備を本格的に穴埋めさせられるという構図になってしまったのである。

4. 求められる製作体制の充実
 そもそも弱視児の教科書供給をいつまでもボランティアに依存したままでよいのだろうか。学校教育法第21条にあるように文部科学省著作の教科書が発行されれば問題はすべて解決される。もしそれが難しいのであれば、円滑に拡大教科書が発行されるような出版の体制を整えることが必要である。
 まず求められるのは、教科書出版社の協力である。多くの拡大教科書を製作するには、教科書データを持っている出版社の協力が必要不可欠である。例えば、自ら拡大教科書を発行している光村図書出版のように、義務教育段階の教科書には拡大教科書発行を義務付けるというのも一案である。そうすれば、安定的且つ継続的な拡大教科書供給が保障されることになる。現在、「交通バリアフリー法」では、エレベーターやエスカレーターの設置が義務付けられているように、教育でも「教科書バリアフリー」が求められているのである。
 それが実現するまでの間、教科書出版社には少なくとも、教科書データの提供とボランティアへの原本の早期郵送をお願いしたい。

5. 「例外なく拡大教科書が使えるのは、行政の責任」
 2003年5月22日の参議院文教科学委員会において、神本美恵子議員の質問に対し、遠山前文科相は以下のように述べられた。
 「この問題は、昨年の委員会、衆参におきまして御議論いただきまして、私も大変大事な問題だと考えております。そして、今回の著作権法の法改正は、この問題に取り組んでいる方々にとって一つの大きな福音であることは確かでございます。しかし、それを更に学校教育の現場において、現に弱視である子供たちが例外なく拡大教科書が使えるようにしていくというのは、私は行政の責任だと思っております。その角度から、子供たちにとって最もいい方法でこの問題を解決をしていく必要があると私は思っております。
 初中局長は、言葉を選びながら、いろいろ検討していくと。あれだけ言っているということは、相当検討するということだと私も思っておりまして、この法律が施行日を迎えるのが来年の一月一日でございます。一月一日が施行日でございまして、このことを考えますと、施行日ないし来年度に向けまして、できるだけのことをしていきたいと私は考えております。
 そのことが日本の大事な子供たち、弱視であっても、私は、十分世の中で活躍してもらうことができるわけでして、そういう子供たちにとって本当の意味の福音になるようにしていきたいと思いますが、その方法論につきましては若干お時間をいただきたいと思います。
 しかしながら、その御指摘の点については、私は十分この問題についての大事なポイントであるというふうに承っております。」
 2003年6月11日の衆議院文部科学委員会においても遠山前文科相は、肥田美代子議員の質問に対し、以下のように述べられた。
 「拡大教科書につきまして、著作権法上のこれまでの難しさがこれで解除されるわけでございますので、私どもとしましては、拡大教科書をぜひとも、できるだけ無償という形で、実質的に無償というふうになるように予算措置をしたいと思っております。
 いろいろな、どこでつくるかとか、どんなふうにつくるかとか、研究が必要な面もございますけれども、できるだけ早い機会に、できれば来年の四月から子供たちが親御さんの負担を経ないで適切な拡大教科書が使えるように、来年の春から弱視の子供たちの笑顔が見られるように、何とかしたいと思っております。
 もちろん、これから研究をして、予算要求をして、それを獲得してという大変な作業がございますけれども、私は、これは初中局と一緒になって、何とかその方向に向けて歩み出したいと思っております。」
 多くの例外を作ってしまった無償措置や拡大教科書を希望しても入手できない現状、保護者やボランティアの努力に委ねられている教科書供給をいつまでも放置しておいてよいはずはない。文部科学省や教育委員会、盲学校や教科書出版社、拡大写本ボランティアが知恵を出し合い、安定的で継続的な拡大教科書供給体制を1日も早く構築する必要があるのではないだろうか。


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