1. 教育現場の現状と問題点

(1) 盲学校
 盲学校の教科書は一括採択されるため、全国で同じ教科書が使用されている。主に全盲生徒が使用する点字教科書のうち、小学部の主要4教科及び中学部の主要5教科については文部科学省著作の教科書が発行されており、また他の教科についても点字出版所が発行している。つまり、点字を使用する児童・生徒にとっては小学部から高等部まで全ての教科の点字教科書が確実に無償で入手できるようになっている。
 それに対し、文部科学省が発行している弱視児のための拡大教科書はない。約1000名弱の盲学校に通う弱視児は、「107条本」と呼ばれている拡大教科書を使用している。これは学校教育法107条で、盲学校や弱視学級において当分の間、適切な教科書がない場合、一般の図書を教科書と扱うことができるという法の下で製作されているからである。その拡大教科書も、民間の出版社から小学部の国語と算数、中学部の国語、数学、英語において出版されているだけである。2003年度からは一部の学年において理科と社会の拡大教科書も発行されるが、それらも文字の大きさが1種類だけでしか製作されていないため、個々に見え方の違う弱視児にとって全員が使用できるものではない。その他の教科や高等部においては拡大教科書がないため、通常の検定教科書が配布されているのが現状である。
 その通常の検定教科書を、鼻をこするような至近距離で読む弱視児もいれば、ルーペや拡大読書器(文字などをテレビ画面に大きく映し出す機器)を使用しないと読めない弱視児もいる。しかし、これらの方法では原本の文字そのものを変えていないため、細い文字や小さい文字、細かい図表等がある場合など読みにくさが解消されることにはならない。具体的には、字体の横画が細いため「田」が「川」に見えたり、「b」と「h」や「c」と「e」を誤読する弱視児も少なくない。結果的にしばしば読み速度の低下や読書不能を引き起こし、学習効率が著しく悪くなるということも起きている。

(2) 弱視学級
 弱視学級は、法的にも認められた特殊学級であり、約200名の弱視児が在籍しているが、その実情は決して弱視児にとって学習しやすい状況にはなっていない。
 まず、それぞれの学級で使われている教科書が盲学校で一括採択されている教科書と同じ場合は、その拡大教科書を107条本として無償で入手することができる。しかし、多くの場合、盲学校で採択している教科書と一致していないため、拡大教科書はない。通常の検定教科書が配布され、補助具等を用いて読むか、ボランティアの方々に拡大写本を製作してもらっているのが現状である。

(3) 通常学級
 全国の弱視児の大半は盲学校や弱視学級ではなく、通常学級に通っている。その数は文部科学省によると約1000名とされているが、潜在的に在籍する弱視児を含めるとそれ以上と推定される。通常学級において、弱視児の教科書に対する公的な特別支援は皆無である。たとえその教科書が盲学校で使われている拡大教科書と一致しても、弱視学級とは違い、学校教育法107条の対象ではないため、無償給付にはならない。購入を希望するならば、義務教育期間にも関わらず数千円から数万円にも及ぶ拡大教科書費を自己負担することになる。

(4) ボランティアに頼らざるを得ない現状
 このような現状の中、残された方法として弱視児自身がボランティアの方に拡大写本(原本の教科書を大きな文字で書き写した本)の製作を依頼することがある。しかし、それでは拡大写本ボランティアとのつながりがない弱視児は入手できない。実際、弱視児全員が拡大写本を入手できているわけではなく、学習環境を整えることすら困難なのが現状である。中には身近に拡大写本ボランティアの方がいなかったり、その情報が行き渡っていないために、本人及び保護者が大変困っているケースもある。製作実費の負担の問題も残されており、ボランティアに依存した拡大教科書供給は、決して望ましいものではない。


2. 製作上の著作権問題

 拡大教科書の製作は著作権法で認知されていないため、法律によって足かせをはめられているような状態であることが明らかになった。
 一般の検定教科書については著作権法第三十三条により、教科書出版社が教科書を発行する際には、原作者に定められた補償金を支払うことにより、許諾を得なくても掲載することができる。この法律により、多くの著者が書いている教科書が比較的安価で容易に出版できるようになっている。また、著作権法第三十七条により、点字教科書の場合は著者の許諾を取らなくても点訳できることになっている。
 しかし、拡大教科書の場合は、法的には教科書と認められていないため、出版社のみならず、原作著者・画家・写真家等に許諾を得なければならない。別の出版社やボランティアが、数多くの著作権者の許諾を得るのは、手続きにおいても著作権料という費用の点においてもほぼ不可能である。
 これらの法律から分かることは、拡大教科書が法の中でいかに認知されておらず、且つ製作しにくい状況にあるかということである。現に盲学校で使われている国語、数学(算数)、英語の拡大教科書は、本文の一部や写真、挿絵が削除されており、原本の検定教科書と情報の格差が生じている。


3.文部科学省の対応

 数年来に及ぶ関係団体等の要望を受け、やっと文部科学省特別支援教育課は、以下の2点について改善に着手した。
  1. 盲学校で使われている教科書のうち、理科と社会について2003年度より一部の学年の拡大教科書を発行し、2004年度には全学年において理科と社会の拡大教科書を補償する。
  2. 著作権法第33条を拡大教科書に準用し、保証金を払えば著者に許諾を得なくても、拡大教科書が出版できるようにする。また、ボランティアが製作した拡大写本のように非営利目的で無料譲渡する場合は保証金も払わなくてよいようにする。
 この著作権法改正について現在、文化庁著作権課で2003年度の通常国会での成立に向け、法案作成が行われている。この改正が実現すれば、今まで許諾が取れないために拡大教科書から本文や挿絵、写真が省かれていたが、これからは検定教科書と同じ内容の拡大教科書が製作できるようになる。しかし、この法改正案では拡大教科書を法的に教科書と認めようとはしていないため、学校教育法107条が適応される盲学校や弱視学級においてはこれらの拡大教科書は無償給付されるが、通常の小・中学校に通う弱視児の場合は、高額な拡大教科書代は現在と同じように自己負担することになる。
 文部科学省は2002年4月に学校教育法施行令を改正しに、弱視児でも条件が整えば、通常学級に通うことを法的にも可能にした。また通級指導教室を制度化したり、「今後の特別支援教育の在り方」の中で、盲学校はセンター的な役割として地域の学校に通う障害児の支援をすべきであるということも述べている。しかしながら、文部科学省は「就学を認定するのは各自治体の事務であり、自治体が認定した後に、国に拡大教科書補償を求めるのはおかしい。」という見解であり、決して弱視学級や通常学級に通う弱視児に拡大教科書を補償しようとはしない。現実は視覚障害に限らず、多くの障害児が特殊学校ではなく、地域の通常学級に通っている。文部科学省もその実情を認識し、国としての支援のあり方を障害のある児童生徒等の視点に立って検討してもらいたい。
 また、107条本として1教科ずつ拡大教科書の製作を進めるのではなく、弱視児にとって使いやすい拡大教科書とはどうあるべきか、教科書データをどのように利用すれば、効率よく拡大教科書が製作できるかなどの基礎的研究を進め、その成果を出版社などに還元し、多くの拡大教科書が適切かつ迅速に発行されるような基盤作りをしていただきたい。


4. 望まれる供給体制

(1) 法律や理念と現状との矛盾
 最初に、関係法律や文部科学省の方針を引用する
 
《教育基本法第三条》(教育の機会均等)
 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。

《子どもの読書活動の推進に関する法律 第二条》
 子ども(おおむね十八歳以下の者をいう。)の読書活動は、子どもが、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものであることにかんがみ、すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことができるよう、積極的にそのための環境の整備が推進されなければならない。

《子どもの読書活動の推進に関する法律 第三条》
 国は、前条の基本理念にのっとり、子どもの読書活動の推進に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

《21世紀の特殊教育のあり方》(最終報告)
 これからの特殊教育は、障害のある児童生徒等の視点に立って一人一人のニーズを把握し、必要な支援を行うという考えに基づいて対応を図る必要がある。

《今後の特別支援教育の在り方》(中間まとめ)
 近年の国際的な障害観の変化も踏まえれば身体機能や構造の欠陥を補うという視点でのみ捉えることは必ずしも適切ではなく、教育の機能を幅広く捉えて、生活や学習上の困難や制約を改善・克服するために適切な教育及び指導を通じて、障害のある児童生徒の主体的な取組みの支援を行うことを特別支援教育の視点として考えていく必要がある。

 これらの法律や特別支援教育の目指すべき理念と拡大教科書の現状を比較すると現在の弱視児の置かれている学習環境は、法の下の平等を定めた日本国憲法の精神にも反すると言っても過言ではないだろう。

(2) 本来あるべき出版体制
 現在の法的な教科書とは、文部大臣の検定を経たもの又は文部省が著作の名義を有するものとなっている。よって、現行法で著作権や費用負担の問題をすべて解決できるのは下記の2つの方法である。
(3) データ共有による効率的な製作方法
 上記の解決方法のどちらも実現しないならば、少なくとも以下の法整備を行い、スムースな出版の条件を整えることが必要である。まず、拡大教科書を107条本ではなく、著作権法第33条で「教科書」として位置付ける。そうすることにより、拡大教科書発行時に一定の補償金の支払いにより許諾が省略できるだけでなく、通常学級に通う弱視児も無償で拡大教科書を入手できるようになる。
 また今後、多くの種類の拡大教科書を製作していくには、教科書出版社が早期に原本及びデータを提供してくれることが不可欠である。この協力体制を構築するためには、教科書出版社に理解してもらうと共に文部科学省等の行政からもルール化に向けて支援してもらわなければ早期に全ての教科書出版社が足並みを揃えてデータを提供してくれるのは難しいと思われる。米国の一部の州では、既に教科書を出版する際には必ずテキストデータを添付することを義務付けている。これは、点字や拡大文字への変換の効率を考慮しているものであり、州内のすべての子どもが学習に困難な区取り組めるよう教科書のバリアフリーを実現しているものである。
 さらに、XMLというコンピュータ言語を用いた自動編集プログラムや小部数でも比較的安価で印刷、製本できるオンデマンド印刷などの最新技術を用いることにより、以下のような拡大教科書製作プログラムが考えられる。


5. 教科書・教材のバリアフリー化を目指しての長期的展望

 2001年6月に「二人五脚」という本が5媒体で出版された。一般の本に加え、音訳版、点字版、大活字版、マルチメディアデイジー版の4媒体を加え、「バリアフリー出版」と呼ばれ、話題となった。その後もいくつかの本で、このバリアフリー出版が行われている。教科書にも理想的には、このような理念と最新技術を用い、全ての子供達が平等に学習できる環境が整えられることを展望したい。
 現在、HTMLを使い、パソコンの画面上で弱視児に読みやすい文字を提供しようとする「電子教科書」や、音声や画像を組み込んだ「電子教材」の研究が各地で進められている。パソコン画面上での文字提供は、読書場所が制限されることと、人によっては目が疲労しやすくなるという問題はあるものの、将来的に普及していくことが考えられる。また、パソコンの画面ではなく、「電子ペーパー」という媒体に文字を映し出し、読書するということも実用化が期待されている。その科学技術の進歩に問題なく対応していくために、今こそ弱視のための拡大文字に関する著作権問題を解決し、且つ電子データを共有できるシステムを構築する必要がある。
 また、「子どもの読書活動の推進に関する法律」に書かれているように、子どもが言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生きる力を身に付けていくためには、教科書だけでなく、副教材や参考書、問題集、一般図書など多くの書籍に配慮が必要である。これらの書籍の媒体補償は、文部科学省などの行政からの支援と、ボランティア等の社会的支援が伴ってこそ、実現できていくものと考える。弱視児が「見えにくさ」をハンディとせずに、学習でき、その能力が引き出され、自立し、社会参加する力を培っていける日が来ることを切望している。


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